2021-01-01から1年間の記事一覧

ちょっと月まで。- 栂井春編 斉-

栂井春はTOKYOに向かう飛行機の中、三年前に帰った青森の事を思い出していた。 青く広がる田園に生命の根源を見たし、空にはまだ清浄が残っていた。生家にはもう誰も居なかったが確かに家族が生きた記しがあって、心安らかだった。あとは、、雪。そうあの雪…

ちょっと月まで。- 栂井春編 差異 -

栂井春。 もとは高校で数学を教える教師であったが、ある目的の為今は辞めて、生家のある青森の田舎に身を潜めている。 山田朱莉。 東京に住むOL。趣味は読書。現在独身で恋人もいないが会社に気になる人がいるらしい。眼鏡をかけている。 「栂井くん?」 「…

ちょっと月まで。- 栂井春編 再 -

古い木造建築を改装した喫茶店。 照明を極力抑え薄暗く保たれた店内では、暖炉の炎だけが煌々と輝いていた。 その灯りに照らしだされた影達が、壁掛式アンティーク時計の刻むリズムに合わせスローダンスを踊っている。 店にはマスターと思わしき老人と、机に…

ちょっと月まで。-約束編 光 -

「すべてを理解する者?」 彼は数学教師の打った文章を読み終わった直後、文章の意味が理解できず、フリーズしていた。 世界から音が消え、この画面の中の文字達がまるで意味の無い図形として彼の脳内を駆け巡っていた。 そして急に雨の音が大きくなり耳をつ…

ちょっと月まで。- 約束編 雨 -

その日は雨が降っていた。 最後の授業を終え帰り支度をしていると教師が彼の側に来た。 「少し質問したい事があるから、放課後職員室へ来なさい」 そう言い放つと返事も聞かず立ち去っていった。 彼には何も思い当たる節がなく不思議に思ったが、無視するわ…

ちょっと月まで。- 約束編 序 -

南方宗介には約束があった。 彼はごく普通の一般家庭に生まれ、特筆するような出来事もなく幼少期を過ごした。 というのは彼が意図的に造り出した「印象」であり、実際はその真逆であった。 彼は紛れもない天才であった。 彼自身がそう自覚したのは4歳の時で…

ちょっと月まで。- 天才編 -

月旅行が庶民の娯楽の一部となってもうだいぶ経つ。 身体と精神を分離して、精神だけを機械に入れて行くなんて気持ちが悪い。なんて言う人もほとんどいなくなり、いまでは代理店から二泊三日のツアーなんていうのも組まれている。 人類の進歩とはまさに日進…

ちょっと月まで。- LOVE編 -

私には学がない。謙遜ではなくマジで阿呆である。 勉強が嫌いだし、知識を記憶に留めておこうとするのは凄く疲れる。 しかし、好奇心はあるので、色々な事に興味が湧く。 そこで私が使うのが想像力である。 知識が無いので想像で解決してみる。解決とまでは…

ちょっと月まで。-移動編-

月までの移動手段についてだが、前回のカラダ編で肉体の問題は解決しているので、正味の話あとはもう簡単である。 何故ならおそらくあの立派な宇宙船は人の肉体が壊れないよう厳重強固に作られているのであって精神だけとなった僕らには最早必要ない機能であ…

ちょっと月まで。-カラダ編-

人は月にすら満足に行けない。 たった38万kmしかないのに。 理由は予算だと思うが、では何故金がかかるか、それはやはり宇宙空間が過酷だからだろう。 ペラペラの鉄板を貼った飛行機では駄目だし、外に出るのも凄く動きにくそうな分厚い服を着なくてはいけな…

宇宙の端っこ。の壁。

疲れていると宇宙について考えたり想像したりする事が多い。 生存本能が働き現実逃避しているのだろう。 しかしね、ほんとに、宇宙の先端ってどうなっているの? 昔、地球は平たんで端は大きな滝になっており地面の下は巨大な象が支えていると考えられていた…

現実逃。飛行。

この宇宙が始まった瞬間から世界は悲しみで埋め尽くされた。 何故なら時の経過が不可逆で誕生は必ず死へと向かうからだ。宇宙は様々な代謝を繰り広げる舞台で、キャスティングされた僕らは降りることはできない。 生命とはいったいなんなんだろう。 石、水、…

自由な人生

過酷な環境で作ろうが、快適な環境で作ろうが、受け手には同じひとつの作品である。 突然だが芸術の話である。 良いか悪いか。好きか嫌いか。それ以上でも以下でもない。それが音楽、絵画などの魅力であると私は思う。 よって制作過程で生まれた「物語」はそ…

偽死亡引退制度

著名人がもう一度一般人として生活する為に、偽死亡引退という制度がある。ある一定の信頼とまとまったお金を払えば専門の代理人が動き出す。マスコミの情報操作、世論の誘導、住民票など書類の整理、また場合によっては家族や親族をも欺く。 普通に引退しま…

夢を見た

夢を見た。薄暗い中歩いていると女に「そのフライパンを貸して欲しい私のでは焼けない」と言われたので、あぁまぁどうぞと手にしていたフライパンを渡した。すると女は焼きもせず、すたすたと歩いていってしまう。呼び止めようと声をかけても、振り向きもせ…

窓から林檎の木を眺めていたなら

Chapter06-2 (前回のあらすじ。ティムはホームレスの男と話す。打ち解け始めた二人の心。そこに常連客がやって来て男に話かけた。) 男は老婆の視線に射抜かれて少し緊張した。がそれも束の間、老婆の目を見てみるととても優しい光を放っていた。店に入って来…

窓から林檎の木を眺めていたなら

Chapter 06-1 二人が店内で話始めておよそ20分ティムはだいたいの事情を理解した。このホームレスの男は5年前会社を経営していた事。面白い出会いを求め世界中に「これを見つけたラッキーな人ここに電話して下さい」といった文面のメモを置いた事。電話がか…

窓から林檎の木を眺めていたなら

Chapter 05 午後3:26 11秒,12,13,14,,,,,,煙草屋の中。客は誰もおらず壁に掛かったヤンキースのロゴの入った時計の音が店内に響いていた。店主のティムもホームレスの男も黙っている。受話器を伝い互いの緊張だけが会話していた。 先に口火を切ったのはホー…

窓から林檎の木を眺めていたなら

Chapter 04 世界は運命で渦巻いている。奇跡の様に感じるものから日常におこる小さなものまで、字の如く渦を巻きながら一つの運命が次の運命へと繋がっていき、世界を覆っているのである。 ティムは自分の耳を疑った。あのメモをコイツが置いた? ?。なにを…

窓から林檎の木を眺めていたなら

Chapter 03 駅前通りはいつも人通りが多かった。立ち並ぶ店も活気があって、こころなしか建物自体がふんぞりかえっているようにさえ見えた。そこにフラフラと片手に小さな紙切れを握りしめずっと俯いたまま歩く男があった。髪は無惨に伸び薄汚れた袋を引きず…

窓から林檎の木を眺めていたなら

Chapter 02 煙草屋の中は閑散としていた、煙草だけでなく飲み物や軽食、簡単な日用品なども扱っている小さな店だったが近所のお年寄りやたまたま煙草をきらしたサラリーマンが立ち寄るくらいで、店の中は一日中スローな時間が流れていた。 「ああそうだもう…

窓から林檎の木を眺めていたなら

Chapter 01 いつもはそんなことしないビルゲイツが今日コーヒーの自動販売機の下に小銭が落ちているのを見てそれを拾いコーヒーを買った。ビルは自分でも何故この様な行動をとったのかわからない、ただ人間とは往々にしてこの様な生き物である。 自動販売機…