ちょっと月まで。- 栂井春編 差異 -
栂井春。
もとは高校で数学を教える教師であったが、ある目的の為今は辞めて、生家のある青森の田舎に身を潜めている。
山田朱莉。
東京に住むOL。趣味は読書。現在独身で恋人もいないが会社に気になる人がいるらしい。眼鏡をかけている。
「栂井くん?」
「栂井くんだよね!わーひさしぶりだーげんきにしてたのー?こうこうせいのときいらいだからなんねんぶり?やだ!としをかぞえたらおばさんになっちゃう。ねーいまどこにすんでるのー?ひょっとしてかえってきた?というかすでにかえってきてたの?やだ!いってよー。ほらここみんなでてっちゃってれんらくつかないひとおおいからさ。わたしうれしいなーやだ!わたしひとりではなして(>人<;)ごめんなさいやだ!うれしい!栂井くんだ!」
やなのか?いいのか?栂井は心の中で呟いた。
「いや。あの。ほんと久しぶりです。山田さん。変わってないですね。僕もなんだか嬉しいな」
「やだ!なんでけいごなの!おもしろい!」
マスターは俯いてコーヒー豆をピンセットで一粒一粒選別している。
「ねー。栂井くんめがねやめたんだね。やっぱりなー。やっぱりだよー」
やっぱり?心の中で呟いた。
「あ。あの。はい。去年レーシックしました。したんだ。したから」
「あはは!いいなおしてる!おもしろい!だめだ!わたしこうふんしすぎだよね?ちょとまってねおちつくからっ!」
はーっ。ふ〜〜〜。山田朱莉は天井を向いて大きく息を吸い、口をとがらせ床に向かって目一杯吐いた。
「はー。落ち着いた。ごめんね。嬉しくてついハッスルしちゃった」
は、っ、す、る? 心の中でゆっくり呟いた。
「いや、あのね。高校生の時栂井くん眼鏡だったじゃない。それでクラスの女子の中で、きっと眼鏡とったらイケメン派と、とってもインキャ派に分かれたんだよ。それで私はひとり前者だったわけ。で、今こうして私は勝利を確信したのよ」
ひとり、、。呟いた。
「で、栂井くん今何処に住んでるの?あ、聞いても良いのかな。ゴメン。言いたくなければ答えなくていいから」
マスターが手挽きのミルをゆっくり回し始めた。
「いや。今は実家に居るんだけど、またすぐに出ると思う。ちょっとやりたい事があって、この前職場辞めて帰ってきたんだ」
「凄い。かっこいい。やりたいことがあるんだ。仕事までやめて。いいな。私なんてやりたい事といえば、甘いものをお金も気にせず買いまくって太らない魔法をかけてもらって爆食いする事ぐらいだよ」
魔法で甘いものも出してもらえばいいのに、、。今度は小さく声に出して言ってみた。
ミルの音で山田朱莉には聞こえていない様だ。
この後出された極上のコーヒーを飲みながら、しばらくの間二人は思い出話しに花を咲かせた。そして連絡先を交換し、お互いの結婚式に呼び合おうなどと約束を交わし別れた。
しかし栂井春は二人がこの先二度と出会う事は無い運命だと知っていた。
帰り道、降りしきる雪の中夜空を見上げ、延々と落ちてくる雪と生まれては消えていく命を重ね、今から自分がしようとしている事の意義を再度考えた。
「もう、、、後戻りは出来ないか」
噛み締める様に白い息と一緒に吐き出し、また家に向かい歩き出した。