マイキーとドクロ団の秘密 11

エミコは日本人である。正確に言うと戸籍はそうで血はハーフという事になるが、本人は東洋的容姿も含め自分は日本人であると認識していたし、なにより誇りを持っていた。父親が日本の漫画家で留学に来ていた母と出会いエミコが生まれた。職業柄世界中どこに居ても仕事ができるので好奇心の強い父親はこの町に住める事を喜んだ。幸いお金には困っていなかったのだが、こういった狭いコミュニティに入り込むのは何かとしがらみが多く面倒だったりする。エミコの母親の生家も残っているし決断は早かった。今はその家に家族三人で暮している。エミコの祖母は健在でこちらくる時一緒に暮らそうと提案したのだがキッパリと断られた。「ワタシの自由は誰にも奪えないよ!」と言っていた。しかし険悪な仲ではない。そういう性格なのである。その証拠にエミコを大変可愛がったし今の家もそっくり空け渡し家族に譲った。「やる」と言っていた。その代わりに向かいの空いた土地に小さな平家を建て今はそこで駄菓子屋をしながら元気に暮している。名はマギー。マギーおばあちゃんである。

 

「お母さん!お父さん!」

エミコは家に着くなり叫んでいた。エミコの家は三階建てでその三階は漫画家である父のアトリエとなっていた。エミコは一階に誰もいないのを確認すると一気に三階まで駆け上がった。

「お父さん!」

アトリエの引き戸を勢いよく開け中を見渡す。やはり誰もいない。少し空いた窓から爽やかな風が入り込み、作業机の上にあった描きかけの原稿用紙がヒラヒラと波打った。その原稿をエミコは手に取って見た。

「今日締め切りだから急がなくっちゃいけないって言ってたんだ今朝、、これ全然出来てない。お父さん締め切りに間に合わなかったことないんだって自慢してた。こんな途中で出かけたりしない、、何か、、何かあったんだやっぱり」

そう言いかけた最後語尾が震えていた。

「エミコ。大丈夫だよ。僕とコリンがついてる。一緒に探しに行こう。きっと僕らのママと一緒にいるんだよ。僕らが来るのを何処かで待っているかもしれない」

マイキーは頭でなく口が勝手にスラスラ動くのに自分で驚いていた。しかし少年はいかなる時も成長するのである。マイキーはこの非日常的な出来事によって急速にお兄さんになりかけていた。本人はまだ気づいていないだろうがマイキーの持つ純粋さは着実に彼を立派な大人へ導いていった。

「そ、そうだよ。マイキーの言うとおりだよ!きっと大丈夫!」

コリンも自分に言い聞かせながらエミコを励ました。

「、、、ありがとう二人とも」

エミコは少し顔を背けて手のひらで目を擦った。

「そうね、、落ち込むなんてワタシらしくないわ。ねえ、近くにおばあちゃんの駄菓子屋があるから一緒に来てくれる?」

二人はもちろんと力強く頷きそこへ向かった。

 

 

 

マイキーとドクロ団の秘密 10

エミコの家は北ゲートのすぐ側にあり屋上からは町の北に広がる広大な森が一望出来た。この森は神聖とされ中央付近にある小さな泉のほとりには石造りの神殿が建てられている。中は装飾品などは一切無くがらんとした箱で奥の壁面に自然を司る神の像が祀られているだけであった。普段は誰も立ち寄らないが年に一度秋の収穫祭の時町の皆で祈りを捧げに行く。

さらに北の山々から降りてくる澄んだ風が森の英気を運び町をいつも清浄に保ってるといういう古い言い伝えがあり、歴史上この町と自然とは密接な関係にある事が分かる。この町の約半分を占める畑や田園も大切に守られており年寄りなどは昔はもっといい野菜が育ったなどと言っているが、他に比べればここの作物は今でも格別に新鮮で、近隣では有名な事であった。

さて、マイキー達であるがエミコの家に行く事に加え、町の様子を見るという目的もあるため路地を北に行く最短ルートではなく一度メイン通りに出てから西へ向かうルートをとった。まさかそんな筈はない。映画やドラマじゃないんだから。そんな淡い期待をいとも容易く裏切る様に町は静まりかえっていた。

「誰も、、いないね。」

メイン通りにでてからしばらく歩いたが誰とも合わない。それに立ち並ぶ店も外から覗き込んでみたが客はおろか店主すら見当たらない。マイキーはある程度予想はしていたとはいえ、ショックを隠しきれないでいた。他の二人も同じく口をきゅっと一文字に結び血の気の引いた様な顔をして目は虚ろであった。

「お母さん、、」

エミコがポツリと呟いた。自分の言葉で我に返ったエミコはいち早く家に帰り母親の安否を確かめたいと思い立ち急に駆け出した。

「エミコっ」

マイキーが呼び止めようとするが振り向きもせず駆けていく。

「コリン、追いかけよう。何があるか分からない、三人固まって行動した方が良いと思う」

コリンは黙って頷きマイキーと共にエミコの後を追って行った。

まるで心に纏わりついてくる不安と恐怖を振り払うかの様に、必死で。全力で駆けて行った。

 

 

 

 

マイキーとドクロ団の秘密 9

マイキー、コリン、エミコの三人はマイキーの部屋にいた。

「ねえ、やっぱりなんか変よこの紙もそうだけど町が静かすぎる。誰もいないみたいに」

エミコは珍しく不安そうな顔をしていた。

「エ、エミコへ、変な事言わないでよ。怖くなんかないけど僕ほんともー嫌んなりそう。怖い、、、やっぱこ、こわいし、ひーー!誰も?誰もいないなんて、嫌ーー。こわーーー!」

コリンは動揺して言動がおかしい。

「アンタちょっとしっかりしなさいよ!こっちまで怖くなるじゃない!」

エミコは人差し指で、おもいっきりコリンの二の腕を押した。コリンはひぃぁぁと変な声をだしている。

「ねえ、二人とも、とにかく町の様子を見ながらエミコの家に行ってみない?それでやっぱりおかしかったら父さんのいる大学に電話してみるよ」

マイキーは冷静に言った。初めに家に着いたときから何か違和感を感じていたためかもしれないが自分でも驚くほど落ち着いていた。

そして自我のずっと遠くの方にぼんやり見える光。通常とは違う一日を過ごしてみたい、世界を救うような冒険をしてみたいという仄かに輝く思念が自分の中にある事に気付きマイキーは少し戸惑っていた。

今まで大人しく出来るだけ目立たない様に過ごしてきた。それが自分らしい生活の仕方だと思っていた。しかしそんな自分にも漫画のヒーローみたいな好奇心がある事、また自分はもっと違う自分になれるかもしれない、否、なってもいいんだという可能性。それらにマイキーは不安とは少し違う、無限に広がる宇宙に抱く畏怖の念の様なものを感じて少し目眩がした。

「マイキー大丈夫?足がふらついてるわよ」

「う、うん大丈夫だよ。それより行ってみよう。君の家に」

エミコは頷き、あわあわ言って半ばパニック状態のコリンの腹に「ィヤーーー!!!」と正拳突きをお見舞いした。コリンはぐふッと言って二秒静止した後ハッと我に返った。

 

三人は提案どうりワンブロック先にあるエミコの家に向かう為再びマイキーの家を後にする。マイキーは今度は振り返らず真っ直ぐ前を見つめ冒険への扉を勢いよく開け放った。

太陽の光が曇りかけた三人の心を明るく照らした。

 

 

 

マイキーとドクロ団の秘密 8

pm12:26

「ただいまー」

コリンが帰ってきた。ハッピーは玄関正面にある階段で待っていた。

「ん、あの子達も一緒か。これはワンチャンいけるかも」

ハッピーはマイキーとエミコがいるのを見てしめたと思った。

リビングやキッチンを見て誰もいない事に気付いたコリンはおかしいなぁなどと言っている。そこにハッピーが声をかけた。

「そうコリンおかしいだろう、いつもと空気が違うだろう、お前のママが連れ去られたんだよ」

コリンは珍しく自分にむかいハッピーが鳴くので勘違いし、お〜可愛い奴よの〜などと頭を撫でに近づこうとした。

「このアンポンタン!頭を撫でてよぉ〜ゴロにゃ〜んの鳴き声じゃあないでしょ!気付きなさいよ鈍感ね!引っ掻くわよ!」

ハッピーはとてもイラついた。

コリンはびびって目をそらし、二秒程記憶を消して何もなかった事にし二人に次どうする〜などと言っている。

ハッピーは今度はマイキーとエミコに目線を飛ばす。

「ちょっとあんた達コリンではだめだわ。良い子なんだけどノロイのよ。はっきり言って嫌いだわ。助けてちょーだい」

「ねえハッピー僕らに何か言いたそうだよ」

マイキーが感づいた。

「そう!わかるでしょ!チビのくせに感がいいわ、評価爆上げよ!プラス5点あげる。さ、上、二階に来て」

ハッピーはマイキーを褒めたがいかんせん口が悪かった。そして上に来いという合図をエミコがいち早く察した。

「やっぱり猫も人間も女のほうが格段に賢いわね、エミコは時々私が言葉がわかる事を見抜いている様な目をするからあまり好きじゃあないけどね」

ぶつぶつ独り言を言いながらハッピーは二階へ上がっていった。そして踊り場に着いた時コリンの鈍感を思い出し「クソが」と階段の縁を思い切り引っ掻いた、、。しかしこれは姉弟同然のコリンが他の友達より出来ないことが悔しいという「家族愛」と捉える事もできなくはなかった。

 

この後、前回(第4話)に書いた通り三人は部屋で不審な紙を見つけそれがマイキーの部屋にもあった。という場面になる。

それでは時間をもどし、その後マイキー達がどうするのか。町に一体何が起こっているのか。

それを見ていこう。

 

マイキーとドクロ団の秘密 7

am11:45

目が覚めるとハッピーはコリンのベッドの上だった。朦朧とする意識の中、何故普段入らないコリンの部屋に居るのか思い出そうとした。

そして窓の外。青空。ひらひら舞う紋白蝶をぼうと見ているうち記憶が蘇ってきた。

たしか黒マントの二人がママを抱えて連れ去ろうとしてアタシが後ろの奴に噛みついて、それで、、そう前の奴の目ん玉引っ掻こうとしたらお面を被ってた。ドクロの、、そう。それに、後ろの奴、、あれ女だった。声が確かに女だったそれも年配の、、。ハッピーは必死で思い出した。そしてその後階段で後ろから捕まれて眠らされた、、前方に集中してたとはいえ不覚だったわ。今度あったらズタズタに引き裂いてやる。ハッピーは悔しがったが普通の猫ではここまでは出来ない。すごい成果だった。

徐々に冷静になってきたハッピーは一通り家の中を見て回った。まずはコリンの部屋にあったドクロの描かれた紙。そしてママが連れ去られたリビングは倒れた物などが綺麗に片付けられていた。最後の奴が後始末したに違いない。後は特に荒らされた形跡はなく明らかに人さらいだけが目的だった。一体何の為に、ハッピーは考えようとして直ぐにやめた。人間がいかに非効率で理不尽かを知っているからだった。きっとくだらない理由に違いない。

もうすぐコリンが帰ってくる。あの子には期待できないがまあ一応伝えようとしてみるか。

ハッピーは階段の中程に伏せて目を閉じ待った。

リビングの古い柱時計が正午の鐘を鳴らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マイキーとドクロ団の秘密 6

金曜日 am8:47 晴れ

今日も一日が始まった。コリンとコリンパパを送り出し後片付けの済んだママがコーヒーを飲みながら一息つきだす頃、ハッピーはキッチンに用意された自分の朝食を食べに二階から優雅に降りてきた。

「あらハッピーおはよう」

そう言ってママはコーヒーカップに手を掛けた。

「おはようママ今日もいい天気ね」

ハッピーとコリンママの関係は良好である。ハッピーは基本的に人間嫌いだが、本人の人格(本猫の猫格)は高貴な為、世話をしてくれる人間に義理欠くような事はなかった。ママはママで必要以上に触ったりかまったりしないのでハッピーにとっても心地よい距離感を保っていた。

それにママは強く賢い女性であった。

am9:26

ハッピーは朝食を終えるといつも二階のコリンの姉の部屋に行き窓のそばで日向ぼっこをする。時折り薄目を開けて下の通りを見たり遠くの森を見たりする。そして微睡みかけると決まって昔の野良猫だった頃を思い出し、凶暴を隠しもせず刃剥き出しで闊歩する愚かな自分に辟易するのであった。無駄に沢山のものを傷つけたと。しかし今はそうではない何も傷つける必要はない。毎日ご飯を用意してもらいそれを食し、歩き少しだけ考えてそして寝る。それで良いのだ。生命らしい合理的な一日だ。今日も、、きっと、、。

、、、、。

ガタッ!!

「あ〜れ〜」

眠りかけたその時階下で大きな音と共にママの声がした。ビクッと身体を瞬時に緊張させ周りの状況を正確に読み取ろうと立ち上がった。およそ0.5秒ハッピーは物音と声そして空気の匂いから状況を察し素早くそして静かに階下に降り今まさに黒いマントを羽織った二人組にママが連れ去られようとしているのを見た。

何だ?あの私達は悪役ですと言わんばかりのアホな衣装はそしてママ、あ〜れ〜。じゃあないのよ。漫画じゃあないんだから。うわ。玄関から堂々と入って来たのか。何処も壊されてない物取りじゃない。ママが狙い?何のために?ああいい天気だな。いやそれよりどうする噛みついたところで二人は倒せない。道具。火。仲間。違う。間に合わない。アレ男か?多分そうだ。ああ蝶々だ!追いかけたい。くそっどうする。仕方ないとりあえず。

「まちなこのクズ野郎共!」

ハッピーは叫びながらママを抱えている後ろの奴に飛びかかりマントを腰の辺りから引き裂いた。そしてサッと反復横跳びの要領で横に飛び退きそのまま力を蓄えた後ろ足で床を蹴り相手のくるぶしに噛みついた。

「あっ!ぎゃーーー!痛ーーー!」

黒マントは何が起こったのかわからぬまま足に激痛が走ったので抱えていたママの足の方を落とした。前の黒マントが急に重心が変わったのでママの上半身を落としそうになるが力を入れ耐えた。

「バカ急に離すな!」

と後ろを振り返った瞬間ハッピーは噛み付いていた足を離し前の奴の顔めがけて飛びかかる。

「この愚鈍野郎!遅いよ!」

ぎゃりっ。と爪が擦れる音がして前の奴がのけぞった。がしかしダメージは無い。

「ちっ。マスクか。」

飛びかかり着地した足で階段に逃げたハッピーは相手の顔を見た。ドクロの形のマスクに爪の痕が残っている。

「何なんだいったい。おい!早く足を持てずらかるぞ」

前が後ろに言いクソッと言いながら立ち上がって出て行こうとした。こうなってはもうハッピーに出来る事はない。

「ちっ仕方ないか。とりあえず一矢は報いた。ママゴメンよアタシにはこれ以上は、、、」

そう思った矢先後ろから首を捕まれ持ち上げられた。そして鼻の前に何やら液体の入った試験管を近づけられたと思ったところで記憶が途絶えた。

 

 

 

 

 

マイキーとドクロ団の秘密 5

 

「静かね」

エミコが呟いた。そう、静かだった。否静かすぎた。決して大きな町ではないが金曜日の昼下がり通りに誰もいないどころか、声ひとつしない。物音も車の音も、、、。

「そういえば私達帰ってきてから誰か見た?誰ともすれ違わないし、見てもない気がする」

エミコは窓の方へ行き開いて通りを見渡した。

風がエミコの長い髪を撫でメイン通りの方へ去っていく。遠くで森が鳴いている。

「やっぱり。おかしいわ誰もいないなんて」

マイキーは黙って外を見ていたが急に駆け出し部屋を飛び出していった。

「マイキー」

コリンが背中に声をかけるが止まらない。

エミコがいる窓からマイキーが自分の家に飛び込むのが見えた。

この後コリンとエミコはマイキーを追いかけ合流しマイキーの部屋で同じドクロマークの紙を見つけるのだが、その前に此処に明記しておくべき事がある。

前回登場したハッピーという猫だが、実は人の言葉を完全に理解する天才猫であるという事だ。

彼女(メスネコである)は小さい時から人の言葉が分かり、それが異常である事を理解していた。これは彼女にとってアンラッキーだったといえるだろう。世の中知らない方がいい事の方が圧倒的に多い。

しかし時には役立つ事もあった。まだ野良猫として町を徘徊していた時には酷い虐待をする人間など言動から察知し距離を置けたし、逆に友好的な人間には甘えたふりをし食料を調達できた。ただ生命維持の効率上飼い猫となり人間社会を知れば知るほど何と理不尽で愚かで非効率な生物だろうと思う様になり、その馬鹿さ加減を見る度それが彼女のストレスとなっていた。ただし、ひとつだけ人間の中で好きなものがある。それは顔のハンサムな男性、所謂イケメンであった。これは理屈ではなく本能であり彼女にも説明する事は出来ない。それは雄猫と子孫を残す残さないという生命的な事とは違い、釣りが好き車が好きなどに近い趣味嗜好的感情である。

この人間は好まないがイケメンは好きというジレンマも彼女のストレスの一部であり、複雑だがこの矛盾を自分に与える人間が憎いという極めて利己的、屈折した猫であった。

さて、ハッピーの紹介が済んだところで、少し時間を戻そう。マイキー達がコリンの家に来る前一体何があったのか。

きっとハッピーは全てを見ている。